TOSS Day に参加

今日は佐賀のTOSS Day の初日。駅前のiスクエアビルで行われた。

wpid-IMG_1412-2010-03-27-19-16.jpg

集まった人は10人くらいだっただろうか。
この勉強会は、毎年行われているがためになる。やっている人達は私と同世代の方が多いのだが、みんなすごい人ばかりだ。
この忙しい中に、プレゼンや模擬授業の準備をして、それを紹介してくれる。
話の内容はかなり具体的だ。しかし、普通は、学校の研修会で教えられることはない。

一般に学校・行政(研修機関)での研修会は、具体性に欠けるものが多かった。
これは、学校に強い影響を与える人々(研究者・行政)が、「きれいな言葉」を使いたがるからだ。(それが都合がよい)
「きれいな言葉」は、否定することが難しい。それはまさに錦の御旗である。正しいかどうかではない。それに逆らうことはできないのだ。そうやって「ゆとり教育」は生まれたと私は認識している。
ちなみに「ゆとり教育」という言葉は、それを悪く言う人が使う言葉だ。私たちはゆとり教育を「新学力観」として、「一人一人の個性を大切にする教育」「自ら学ぶ意欲を大切にする教育」と教えられた。

しかし、「きれいな言葉」によって作られた理論が、「きれいな結果」を出すわけではない。
したがって、それをごまかすためにどうしても抽象的ならざるをえない。
なぜなら、具体的な内容であれば、すぐに見える形で結果が出てしまうからだ。
行政(←教員を指導する権力というのが適切?)というものは、絶対に間違いを認めない。そのために、研修内容(すべきこと)を抽象的(「子供を信じればうまくいく」などのきれいな言葉)で、めちゃくちゃ労力がかかるようなもの(一般的にそんな労力はかけられない)にする。そして、うまくいかなかったときには、その教員の人間性だの能力だののせいにしてしまえばいいのだ。
この結果、研究は体裁重視のものになる。研究なのに最初から結果が決まっているので、平気で嘘が書かれるようになってしまう。

まさに、裸の王様状態になるのだ。

Leave a comment

Your comment